- ニューヨークの伝記作家リー・イスラエルは、キャリアの失墜と生活苦から著名人の偽手紙を偽造して販売する犯罪に手を染めた
- ドロシー・パーカー、ノエル・カワード、リリアン・ヘルマンら有名人の声を完璧に模写し、約1年半で400通以上の偽手紙を作成。さらに図書館から本物の手紙を盗み、偽物とすり替えた
- FBIに逮捕され保護観察と自宅軟禁の刑を受けた。2008年に自伝を出版し、2018年にメリッサ・マッカーシー主演で映画化された
偽造した手紙は、私がこれまでに書いた中で最高の文章だった――。リー・イスラエルは逮捕後にそう語りました。伝記作家として著名人の人生を何十年も研究し、彼らの声を自分の中に取り込んできた女性が、その能力を犯罪に転用したとき、コレクターも古書店も見抜くことができなかったのです。
この記事では、文学の才能を偽造に注いだ作家の転落と、その物語がなぜ映画化されるほど人々を惹きつけたのかを解説します。
イスラエルの経歴と転落
リー・イスラエルとは、ニューヨークを拠点に活動した伝記作家であり、タルーラ・バンクヘッド、ドロシー・キルガレン、エスティ・ローダーの伝記を出版した実績を持つ人物です。
しかし1980年代後半、エスティ・ローダーの伝記が商業的にも批評的にも失敗し、イスラエルのキャリアは急激に下降しました。次の著作としてコメディアン、ファニー・ブライスの伝記を提案しましたが、エージェントに即座に却下されています。気難しい性格が災いして出版界での評判も悪化し、どの出版社からも前払い金を得られなくなりました。
1990年頃にはマンハッタン・アッパーウエストサイドのスタジオの家賃も払えなくなり、愛猫の獣医代にも事欠く状態に追い込まれます。この窮地が、彼女を犯罪へと駆り立てました。
400通以上の偽手紙の手口
イスラエルの偽造は、1991年にニューヨーク公立図書館舞芸術部門からファニー・ブライスの手紙3通を盗んだことから始まりました。
本物の手紙を売って得た資金で生活の一部をまかないましたが、やがて供給は底をつきます。ここでイスラエルは発想を転換しました。盗むのではなく、自分で著名人の手紙を書けばよいと気づいたのです。
伝記作家として何十年も著名人の文章を研究してきたイスラエルにとって、彼らの声を再現することは自然な延長でした。ドロシー・パーカー、ノエル・カワード、エドナ・ファーバー、ルイーズ・ブルックス、リリアン・ヘルマンなど、多彩な著名人の名を騙り、ウィットに富んだ個人的な手紙を創作しました。手紙にはゴシップや他の有名人への言及を盛り込み、コレクターの興味を引く内容に仕上げています。
署名は何度も練習して完璧に模倣しました。注目を集めないよう、1通あたり50〜100ドルという控えめな価格で販売しています。約1年半の間に400通以上の偽手紙が作られました。
さらにイスラエルは手口をエスカレートさせ、図書館や博物館から本物の手紙を盗み出し、自作の偽物とすり替えるという行為にも及んでいます。盗んだ本物を高値で売却し、コレクションには偽物を残す――この手口がFBIの介入を招くことになりました。

イスラエルの犯罪が特異なのは、偽造した手紙の文学的クオリティが極めて高かったという点です。ディーラーが笑えば売れた、きわどい内容であればあるほどよかったと彼女は語っています。つまり詐欺の成功要因は筆跡の模倣ではなく、著名人の人格そのものを再現する文学的才能にあったのです。
発覚・逮捕・映画化
イスラエルの偽造が発覚した直接的な原因は、大量の未知の手紙が突然市場に出回ったことへの不審でした。
特にノエル・カワードの手紙について、カワードの専門家が疑問を呈しました。当時の英国では同性愛が処罰対象であったにもかかわらず、手紙の中でカワードが自身のプライベートな生活について率直に書くことは考えにくいという指摘です。また一部の手紙では、時代にそぐわない透かし模様の紙が使われていたことも疑惑を深めました。
イスラエルの名前がコレクターやディーラーの間でブラックリスト入りすると、売却が完全に停止します。その後FBIが介入し、図書館からの手紙の窃盗と偽物へのすり替えが発覚して刑事訴追に至りました。イスラエルは保護観察と自宅軟禁の刑を受けています。
2008年、イスラエルは自伝Can You Ever Forgive Me?: Memoirs of a Literary Forgerを出版しました。タイトルはドロシー・パーカーの名を騙って書いた偽手紙の一節から取られています。2018年にはメリッサ・マッカーシー主演で映画化され、アカデミー賞3部門にノミネートされるなど高い評価を受けました。イスラエル自身は2014年12月24日に骨髄腫で亡くなっています。
まとめ
- イスラエルは伝記作家としての文学的才能を偽造に転用し、著名人の声を完璧に再現した400通以上の偽手紙を作成・販売した
- 図書館から本物の手紙を盗み偽物とすり替える手口がFBIの介入を招き、保護観察と自宅軟禁の刑を受けた
- 有名人の署名や手紙を購入する際は、来歴の確認と専門家による鑑定が不可欠だ。安価であっても出所不明の品には注意が必要である
よくある質問
-
Q映画Can You Ever Forgive Me?はどのような作品ですか?
-
A
2018年公開の伝記映画で、メリッサ・マッカーシーがイスラエル役を演じました。マリエル・ヘラー監督作品で、アカデミー主演女優賞、助演男優賞(リチャード・E・グラント)、脚色賞の3部門にノミネートされています。イスラエルの犯罪行為だけでなく、孤独や友情も描いた人間ドラマとして高い評価を受けました。
-
Q偽手紙はなぜ見抜かれなかったのですか?
-
A
主な理由は3つあります。第1に、イスラエルが伝記作家として著名人の文体や性格を深く研究していたため、手紙の内容が本人の文体と酷似していたこと。第2に、1通あたり50〜100ドルという控えめな価格設定で高額品としての厳密な鑑定を回避したこと。第3に、当時のオートグラフ業界では売り手に来歴の詳細を確認する慣行が不十分だったことです。
-
Qイスラエルの偽手紙はまだ出回っていますか?
-
A
一部は公的なコレクションに紛れ込んだまま残っている可能性があります。図書館からの窃盗と偽物へのすり替えが発覚して捜査が行われましたが、400通以上の偽手紙の全てが回収されたわけではありません。2018年の映画化以降、イスラエルの偽手紙はかえってコレクターズアイテムとしての価値が出ているという皮肉な状況もあります。
【出典】参考URL
- Wikipedia:Lee Israel:経歴、偽造の手口、逮捕と判決
- All That’s Interesting:リー・イスラエルの実話と映画の背景
- Wikipedia:Can You Ever Forgive Me?(映画):映画化の経緯と評価


コメント