キャシー・チャドウィックとは?カーネギーの隠し子詐欺

詐欺事件
キャシー・チャドウィックとは?カーネギーの隠し子詐欺を3行で要約
  • 本名エリザベス・ビグリー。カナダ出身で10代から偽造で逮捕歴があり、リディア・スコット、マダム・ド・ヴェールなど多数の偽名を使い分けた生涯詐欺師である
  • 1897年から鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの隠し子を名乗り、偽造した約束手形を担保に銀行から約200万ドル(現在の約7200万ドル)を借り入れ、オハイオの女王と呼ばれた
  • 1905年に有罪判決を受け懲役14年。獄中で健康を崩し、収監からわずか1年後に48〜51歳で死去。カーネギーは被害を補填しオーバリン大学に図書館を寄贈した

カーネギー氏はチャドウィック夫人を知らない。カーネギー氏は30年以上にわたり約束手形に署名していない――。鉄鋼王アンドリュー・カーネギーのプレスリリースは、一人の女性の詐欺帝国を崩壊させました。しかしその時すでに、カナダ出身の女詐欺師はオハイオ州の銀行システムを混乱させ、1つの銀行を破綻に追い込んでいたのです。

この記事では、女性に参政権すらなかった時代にアメリカの金融エリートを手玉に取った、史上最も大胆な女性詐欺師の手口を解説します。

エリザベス・ビグリーの経歴と偽名の数々

キャシー・チャドウィックの本名はエリザベス・ビグリー。1857年にカナダのオンタリオ州イーストウッドで鉄道労働者の娘として生まれました。

詐欺のキャリアは驚くほど早く始まっています。13歳で偽造により初めて逮捕されましたが、精神異常を理由に釈放されました。その後クリーブランドに移り住み、リディア・スコット(占い師として活動)、マダム・リディア・ド・ヴェール(霊媒師として活動)、キャシー・フーバーなど多数の偽名を使い分けながら各地で詐欺を繰り返しています。

1889年にはトレドで偽造罪により9年半の禁固刑を受け収監されましたが、後に当時のオハイオ州知事ウィリアム・マッキンリー(後の大統領)により仮釈放されています。1897年にクリーブランドの裕福な医師レロイ・チャドウィックと結婚し、億万長者が暮らすユークリッド・アベニューのミリオネアズ・ロウに住むようになりました。

カーネギーの隠し子という嘘

結婚後、キャシーは人生最大の詐欺に取りかかりました。自分はアンドリュー・カーネギーの非嫡出子であるという壮大な嘘です。

ニューヨークのホランド・ハウスホテルで夫の知人であるオハイオ州の銀行家ディロンに出会い、カーネギーの邸宅に連れて行ってほしいと頼みました。キャシーがカーネギーの5番街の邸宅に入っている間(実際にはハウスキーパーと話しただけ)、ディロンは馬車で待っていました。

キャシーが戻る際にわざと紙を落とし、ディロンがそれを拾い上げると、カーネギーの署名入りの200万ドルの約束手形でした。キャシーはディロンに秘密を守ると約束させた上で、自分はカーネギーの隠し子であり、罪悪感にさいなまれたカーネギーが700万ドルの約束手形を渡してくれた、カーネギーの死後には4億ドルを相続する予定だと告白しました。

この情報は当然のようにオハイオ州北部の金融市場に漏れ、銀行の方からキャシーにサービスを提供し始めました。キャシーはカーネギーの名前で偽造した証券を担保にさらに融資を引き出し、8年間にわたって総額約200万ドル(現在の約7200万ドル)の借入を行ったのです。

この詐欺が成功した理由は巧妙でした。まず、カーネギーは当時世界一の富豪であり、彼の名前で巨額を借りても不自然ではありませんでした。次に、隠し子の存在をカーネギー本人に確認する銀行家はいませんでした。恥ずかしい事実を暴くことになるからです。さらに、融資には高利がついていたため、銀行側もその融資の存在を公にしたくなかったのです。

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チャドウィックの詐欺が8年も発覚しなかった最大の理由は、関係者全員が確認しない動機を持っていたことです。銀行は高利で貸していたため融資の存在を隠したかった。弁護士はカーネギーに確認すれば恥をかかせることになると遠慮した。そして誰もカーネギーに電話一本かけなかった。権威ある名前への遠慮と、自分の利益を守りたいという欲が、最も基本的な確認作業を阻んだのです。

逮捕・裁判・カーネギーの対応

1904年、ボストンの銀行家ハーバート・ニュートンが融資の返済を求める訴訟を起こしたことで、詐欺の全容が崩れ始めました

調査が進むと、ウェイド・パーク銀行に預けられた約束手形が粗雑な偽造であることが判明。カーネギー本人も30年以上約束手形に署名していないと公式に否定しました。オーバリンのシチズンズ・ナショナル・バンクは20万ドルの貸付が回収不能となり取り付け騒ぎが起き、銀行は破綻しました。

キャシーはニューヨークに逃亡しましたが1904年12月に逮捕されました。逮捕時にはベッドの中で10万ドル入りのマネーベルトを身に着けていたと報じられています。

1905年3月に合衆国に対する共謀罪とシチズンズ・ナショナル・バンクの破壊の共謀罪で有罪となり、懲役14年と7万ドルの罰金を言い渡されました。しかし収監直後から健康が急速に悪化し、わずか1年後に獄中で死去しています。48〜51歳でした。

カーネギー自身は裁判を傍聴しましたが、訴追には関わりませんでした。被害を受けたオーバリンの市民やオーバリン大学の損失を補填し、さらにオーバリン大学に図書館(カーネギー・ビルディング、1907年完成)を寄贈しています。

まとめ

  • キャシー・チャドウィックはカーネギーの隠し子を名乗り、偽造した約束手形を担保にオハイオ州の銀行から8年間で200万ドルを詐取した
  • 誰もカーネギー本人に確認しなかったという確認不作為が8年間の詐欺を可能にした。権威ある名前への遠慮が最大の弱点だった
  • 融資の担保は必ず独立した第三者が検証すべきだ。権威ある名前に遠慮して確認を怠ることは、詐欺師に付け入る隙を与えることになる

よくある質問

Q
なぜ銀行はカーネギーに確認しなかったのですか?
A

主に3つの理由があります。第1に、隠し子の存在をカーネギーに確認すれば彼を恥ずかしい立場に追い込むことになるため遠慮しました。第2に、カーネギーは当時世界最大の富豪であり、死後に全て返済されると銀行は信じていました。第3に、銀行自身が高利で貸し付けていたため、その融資の存在を公にしたくなかったのです。

Q
この事件を題材にした作品はありますか?
A

カナダのテレビ映画Love and Larceny(1985年)でジェニファー・デイルがビグリー役を演じています。また、カナダの人気ドラマMurdoch Mysteriesのシーズン7第13話The Murdoch Sting(2014年)ではウェンディ・クリューソンがチャドウィック役を演じました。

Q
チャドウィックの実際の被害額はいくらですか?
A

立件された被害額は約63万3000ドル(現在の2000万ドル以上)ですが、銀行融資の総額は約200万ドル(現在の約7200万ドル)とされています。一部の歴史家は、名乗り出なかった男性被害者がさらにいた可能性を指摘しており、実際の被害額は報告された数字を上回っている可能性があります。

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