ソピー・スミスとは?石鹸詐欺と犯罪帝国の全貌

詐欺事件
ソピー・スミスとは?石鹸詐欺と犯罪帝国の全貌を3行で要約
  • ジェファーソン・ランドルフ・スミスは石鹸の包み紙に紙幣を隠すと見せかけ、スリ・オブ・ハンド(手品の技術)でサクラだけが当たりを引く古典的詐欺で名を馳せた
  • この石鹸詐欺で得た資金をもとに、デンバー、クリード、スカグウェイの3都市で犯罪帝国を築き上げた。フロンティア詐欺王の異名で知られる
  • 1898年のクロンダイク・ゴールドラッシュ時にスカグウェイを支配したが、自警団との銃撃戦で38歳で射殺された

もしあなたがこんなトリックに引っかかるほど愚かなら、クロンダイクで生き残れるわけがない――。ソピー・スミスは自分の詐欺を批判された際に、そう開き直ったと伝えられています。19世紀アメリカの西部開拓時代、石鹸1個から始まった詐欺が、3つの都市を支配する犯罪帝国へと成長しました。

この記事では、アメリカ史上最も有名なフロンティアの詐欺師が用いた手口と、ゴールドラッシュの混乱に乗じて築いた犯罪帝国の興亡を解説します。

ソピー・スミスの生い立ちと石鹸詐欺の誕生

ソピー・スミスとは、1860年にジョージア州カウェタ郡で裕福な家庭に生まれたアメリカの詐欺師であり、本名をジェファーソン・ランドルフ・スミス2世といいます。

祖父はジョージア州の農園主かつ州議会議員、父親は弁護士という名家の出身でした。しかし南北戦争で一家は財産を失い、1876年にテキサス州ラウンドロックに移住して再出発を図ります。1877年に母親が亡くなると、スミスは家を出てフォートワースに向かい、詐欺師としてのキャリアを歩み始めました。

スミスの代名詞となった石鹸詐欺(Prize Soap Racket)の手口は、極めてシンプルでした。ガソリンランプの灯りの下、街角で石鹸を並べて声を張り上げます。見物客が集まると、スミスは石鹸の包み紙に5ドル、10ドル、50ドルの紙幣を挟み、普通の紙で包み直す様子を堂々と見せました。

客は当然、紙幣入りの石鹸を買おうと殺到します。しかしここにトリックがありました。スミスはスリ・オブ・ハンド(手品師が使う手先の技術)で、実際には紙幣を抜き取っていたのです。当たりの石鹸を買えるのは仕込んであるサクラだけでした。サクラが紙幣入りの石鹸を引き当てて大喜びする様子を見て、次は自分もと期待する客が次々と購入する――しかし本物の客がお金を引き当てることは決してありませんでした。

この石鹸詐欺は、スミスにソピー(石鹸野郎)のニックネームを与えました。本人はこの呼び名を嫌っていたとされますが、その名はアメリカ犯罪史に永遠に刻まれることになります。

デンバーからスカグウェイへ:3つの犯罪帝国

石鹸詐欺で得た資金を元手に、スミスはデンバー、クリード、スカグウェイの3都市で犯罪組織を築き上げました。

デンバーではサロン、賭博場、葉巻店、オークションハウスなどを経営し、いずれも客を騙すことを主目的とした施設でした。さらにスミスは政治の世界にも進出し、市・郡・州の選挙結果を操作する見返りに政治家からの庇護を得ています。

1897年にクロンダイク・ゴールドラッシュが始まると、スミスはアラスカ州スカグウェイに拠点を移しました。スカグウェイは金鉱地帯への中継点として大量の採掘者や投資家が流入する街であり、法の整備が追いつかない無法地帯でした。

スミスは1898年3月にジェフ・スミスズ・パーラーというサロンを開設し、ここを拠点に街の支配を開始しました。この酒場は事実上の市庁舎と呼ばれるほどの権力の中心地となっています。スミスの手下たちは新聞記者や聖職者に扮して新参者に近づき、相手の財布の中身を見極めてから、偽の海運会社、偽のホテル、イカサマの賭博場へ誘導して金を巻き上げていました。

最も巧妙な詐欺のひとつが、偽の電信局です。スミスが開設した電信局の電線は壁の向こうまでしか届いていませんでしたが、客は知らずに故郷への電報の送信料を支払いました。すると偽の返信が届き、送金を依頼する内容になっているのです。電信局がスカグウェイに実際の電線で接続されたのは1901年のことで、スミスの死後3年が経ってからでした。

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ソピー・スミスの手口は130年以上前のものですが、その本質は現代の詐欺と何ら変わりません。サクラを使って成功体験を見せる→信用させる→金を巻き上げる。これは今日のSNS上の投資詐欺やインフルエンサー商法にもそのまま当てはまります。

また、存在しないサービスに料金を払わせる偽の電信局は、現代のフィッシングサイトや偽のカスタマーサポートの原型とも言えるでしょう。

銃撃戦での最期

1898年7月8日、スミスはスカグウェイのジュノー埠頭での銃撃戦で射殺されました。享年38歳でした。

その数日前、クロンダイクから戻った鉱夫ジョン・ダグラス・スチュワートが2700ドル(現在の価値で約10万4500ドル)の金を持ってスカグウェイに到着しました。スミスの手下3人がスリーカードモンテの賭博に誘い込み、金を巻き上げたのです。

この事件が引き金となり、市民による自警団101人委員会がジュノー埠頭で会合を開きました。スミスはライフルを肩にかけて会合に乗り込み、警備にあたっていたフランク・リードと口論になります。銃撃戦が勃発し、スミスとリードは互いを撃ち合いました。スミスは即死、リードも12日後に死亡しています。

スミスの最期の言葉は、撃つな、頼むから(My God, don’t shoot!)だったと伝えられています。彼の墓はスカグウェイの墓地のすぐ外に作られ、現在でもスカグウェイで最も多くの観光客が訪れるスポットとなっています。毎年7月8日にはアメリカ各地でソピー・スミスの追悼式が開催されています。

まとめ

  • ソピー・スミスは石鹸の包み紙に紙幣を隠す見せかけの詐欺からキャリアを始め、サクラと手品の技術で実際の客が当たることはなかった
  • 石鹸詐欺を足がかりに3つの都市で犯罪帝国を築き、偽の電信局など現代にも通じるソーシャルエンジニアリングの手口を駆使した
  • サクラを使った成功体験の演出は130年経った今もSNS詐欺で健在だ。他人の儲け話を見て飛びつく前に、それがサクラではないかを疑うことが最大の防御となる

よくある質問

Q
ソピー・スミスの石鹸詐欺は何年頃のものですか?
A

1880年代初頭にフォートワースで始まり、1898年にスミスが射殺されるまで約20年間にわたって行われていました。石鹸詐欺はスミスの代名詞でしたが、実際にはスリーカードモンテ、シェルゲーム、偽の電信局など多数の詐欺を並行して運営していました。

Q
スカグウェイでソピー・スミスの痕跡を見ることはできますか?
A

現在もスカグウェイはアラスカの観光地であり、スミスの墓、サロン跡、専用の博物館などが観光コースに含まれています。スミスの墓は街の墓地で最も訪問者の多いスポットとされ、隣にはスミスを射殺したフランク・リードの墓もあります。

Q
ソピー・スミスを題材にした映画やドラマはありますか?
A

複数の作品で描かれています。映画Klondike Fever(1980年)ではロッド・スタイガーがソピーを演じました。HBOドラマDeadwood(2004〜2006年)には石鹸詐欺師のキャラクターが登場しています。また1992年のスティーブ・マーティン主演映画Leap of Faithは、ポポフやスミスのような詐欺的宗教家にインスピレーションを受けた作品です。

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