経済制裁違反の代償|三菱東京UFJ銀行NY支店事件の全貌

経済制裁違反の代償|三菱東京UFJ銀行NY支店事件の全貌を3行で要約
  • 制裁対象国に関わる送金から相手先情報を消すストリッピングが、書面の業務手順として実施されていた事件だ
  • ニューヨーク州金融サービス局は2013年に2億5,000万ドル、2014年に追加で3億1,500万ドルの制裁金を科したのだ
  • 自主開示した後の是正プロセスで当局を欺けば、制裁は雪だるま式に膨らむということだ
銀行員が手順書に従って送金メッセージから制裁対象の情報を削除し、経済制裁違反として巨額の制裁金と処分に至るまでを描いた4コマ漫画
消された送金メッセージ
①行員は効率化の手順書に従い、送金記録の一部を削除する。②米国の当局からの照会で、書き換えの慣行が表面化する。③追加の制裁金が科され、隠した分だけ処分は重くなる。④賠償罪子が、手順書になった時点で組織の罪だと断じる。

この手の違反が長く続く理由は、担当者が悪意を持っていたかどうかとは別のところにあります。目の前にあるのが上司の承認を得た手順書である以上、そこに従う行為は現場では正しい仕事として扱われるからです。手順書は個人の判断を止める装置として働き、疑問を口にする理由そのものを消してしまいます。

法的に何が問題かというと、削られた情報が制裁の実効性を支える唯一の材料だったという点でしょう。送金メッセージに残る受取人や関係国の情報は、経由先の銀行が自動的に照合するための鍵になります。その鍵を抜き取れば、審査の網は正常に動いているように見えたまま素通りしていくわけです。チェック機構を壊さずに無効化するという点が、この手口の性質を表しています。

防ぐ側にできることは、手順書そのものを疑う経路を残しておくことです。誰が作り、誰が承認し、法務や国際規制の観点で誰が点検したのかを、拠点単位ではなく全社の目線でたどれるようにしておく。海外拠点が絡むと監督する当局が複数になり、是正のやり直しは効かないため、着手の早さがそのまま代償の大きさを決めます。

海外に支店や現地法人を置く企業では、現地の業務手順が本社の想定から少しずつ離れていくことがあります。そのずれが法令違反にまで育っていた場合、支払う代償はその拠点だけでは収まりません。

今回取り上げるのは、三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)のニューヨーク支店をめぐる経済制裁違反の事件です。米国の制裁対象国に関わる送金について、送金メッセージから相手を特定できる情報を削除する処理が行われていたと、米国の規制当局が公表しました。

この記事では、事件の経緯を時系列で整理したうえで、なぜ組織のチェックが働かなかったのか、そして海外拠点を持つ会社とそこで働く会社員が何を確認すべきかを解説します。特定の国や企業を非難するためではなく、同じ構造を自社に残さないための材料として読んでください。

三菱東京UFJ銀行の経済制裁違反事件とは何だったのか

米国の制裁対象国に関わる送金記録から相手先の情報を削除し、米当局から巨額の制裁金を科された事件です。舞台は同行のニューヨーク支店を経由する米ドル建ての決済でした。

ニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)が2013年6月20日付で公表したところによれば、同行は2002年から2007年にかけて、イラン・スーダン・ミャンマー等の制裁対象国に関連する送金について、制裁対象者を特定できる情報を送金メッセージから削除していたとされています。対象となった送金は約2万8,000件、総額は約1,000億ドル相当と認定されました。

ストリッピングと呼ばれる書き換え

この処理はストリッピングと呼ばれます。送金メッセージに含まれる最終受取銀行名や制裁対象者の情報を削除し、米国内の銀行を経由する際の自動スクリーニングで止まらないようにする手法です。

問題は、この処理が個人の思いつきではなかった点にあります。素材となった公表資料によれば、東京本店の職員が削除を指示する業務手順を書面として確立していたと説明されています。つまり、その場の判断ではなく、引き継がれる仕事の型として存在していたわけです。

米ドル建ての送金は、途中で米国内の銀行(コルレス銀行)を経由します。そのため日本の銀行が日本国内で処理した取引であっても、決済の経路が米国を通れば米国の規制当局の管轄が及ぶ構造になります。

科された制裁金の内訳

制裁金は一度で終わりませんでした。米財務省外国資産管理室(OFAC)とニューヨーク州金融サービス局という2つの当局から、時期を分けて科されています。

時期 当局 金額
2012年12月12日 米財務省外国資産管理室(OFAC) 857万1,634ドル
2013年6月20日 ニューヨーク州金融サービス局(NYDFS) 2億5,000万ドル(約245億円)
2014年11月18日 ニューヨーク州金融サービス局(NYDFS) 3億1,500万ドル(追加分)

OFACとの合意で対象となった違反期間は2006年4月3日から2007年3月16日で、少なくとも97件・総額約590万ドルの取引が米国経由で処理されたとされています。NYDFSとの2013年6月の合意には、独立コンサルタントを1年間配置することなどを含む同意命令が伴いました。

経済制裁違反の構造を解説する罪対ペイ運営者 賠償罪子のアイコン
賠償罪子

この事件で最初に壊れたものは、送金の記録ではありません。記録を消してよいと決めた業務手順が、書面として承認されたことです。

紙になった瞬間、それは逸脱ではなく制度になります。制度化された違反は、人が入れ替わっても生き残るものです。

事件の経緯を時系列で追う

この事件は発覚から決着まで10年以上に及びます。自主開示から追加処分までの流れを追うと、代償が積み上がった順番が見えてきます。

経済制裁違反の発覚から追加処分までの経緯
  • 2002年〜2007年
    送金メッセージを書き換える手順が定着
    イラン・スーダン・ミャンマー等の制裁対象国に関連する送金について、制裁対象者を特定できる情報を送金メッセージから削除する処理が行われていました。NYDFSの認定によれば、対象は約2万8,000件・総額約1,000億ドル相当に上ります。
  • 2007年
    経営陣が慣行を発見しOFACに自主開示
    社内調査によってこの慣行が判明し、経営陣がOFACへ自主的に開示したとされています。日本経済新聞も、2007年の社内調査で発覚し関連当局に報告していたと報じました。
  • 2012年12月12日
    OFACと857万ドル余りで合意
    米財務省外国資産管理室との間で857万1,634ドルの制裁金支払いに合意しました。対象となった違反期間は2006年4月3日から2007年3月16日で、少なくとも97件・総額約590万ドルの取引が米国経由で処理されたとされています。
  • 2013年6月20日
    NYDFSと2億5,000万ドルで和解
    ニューヨーク州金融サービス局との間で2億5,000万ドル(約245億円)の制裁金支払いに合意し、独立コンサルタントの1年間配置等を含む同意命令を締結しました。ここで一度は決着したように見えた局面です。
  • 2014年11月18日
    追加で3億1,500万ドルの制裁金
    NYDFSは、銀行側が同局の指名した独立コンサルタントに圧力をかけ、報告書から制裁対象国関連の懸念事項や送金メッセージ改ざん指示に関する記述を削除させていたと認定し、追加で3億1,500万ドルの制裁金を科すと発表しました。反マネーロンダリング・コンプライアンス責任者は同局の指示により解雇され、他の関係者2名はニューヨーク州内の金融機関との取引を禁止されています。

なぜ組織はこの手順を止められなかったのか

違反が長期化した要因は、判断が個人ではなく業務手順に委ねられていた点にあります。書面化された手順は、疑う対象ではなく守る対象として扱われるためです。

書面の手順だったことの意味

削除を指示する業務手順が書面として確立されていたという認定は、この件が個人の逸脱ではなく組織的な意思決定だったことを示しています。誰か一人を外しても手順は残り、次の担当者が同じ作業を引き継ぐ構造でした。

現場の側から見れば、その作業は決済を止めないための効率化に見えたはずです。目的が業務の円滑化として説明されている限り、違法性の検討は誰の担当でもなくなっていきます。

自主開示のあとに起きたこと

この事件で最も重い教訓は、自主開示の後の局面にあります。2007年に社内で発見して当局へ報告するという、一定のコンプライアンス対応は取られていました。

しかしNYDFSは2014年11月18日、その後の是正プロセスにおいて銀行側が独立コンサルタントに圧力をかけ、報告書の記述を削除させていたと認定しました。追加で科された3億1,500万ドルは、前年の2億5,000万ドルを上回る金額です。

是正のために置かれた外部の目を鈍らせようとした結果、当初の違反よりも重い代償を支払う形になりました。監督者を欺く行為を、規制当局が最も重く扱うということでしょう。

隠蔽の代償を指摘する罪対ペイ運営者 賠償罪子のアイコン
賠償罪子

金額の順序を見てください。最初の違反より、隠した後の処分のほうが高くつきました。当局が測っているのは損害額ではなく、信用の壊れ方です。

これは私の見立てですが、報告書の一行を削らせた時点で、この組織は同じ判断をもう一度したのだと思います。

海外拠点を持つ企業と会社員が確認すべきこと

確認の中心は、拠点で使われている業務手順が誰の承認を経ているかを可視化することです。特別な仕組みは要らず、既存の手順書をたどるだけでも着手できます。

確認する項目 危険なサイン 取るべき対応
手順書の出どころ 作成者や承認者が誰か分からないまま使われている 作成・承認・点検の担当を記録として残す
送金・決済の経路 どの国の銀行を経由するかを把握していない 経由国と適用される規制を取引種別ごとに整理する
記録の加工 通しやすくするために項目を省く運用がある 記録の改変が必要になる作業を全て洗い出す
本社と拠点の基準 拠点独自の運用が本社に共有されていない 拠点の手順を本社の法務が定期的に読む場を作る
是正時の外部監査 報告書の内容について事前調整が行われる 外部監査人との接触記録を残し独立性を担保する
押さえる順番は、経路の把握、手順書の棚卸し、外部監査の独立性確保の3つです。すべてを同時に整えられない場合でも、海外送金や輸出入の決済に関わる部門から着手すると効果が出やすくなります。

会社員個人の立場でできることもあります。処理を通すために記録の一部を削るよう指示された場合、その指示の根拠がどの規程に基づくのかを確認し、やり取りを記録として残しておくことです。

口頭の指示だけで記録の加工に関わると、後から経緯を説明する材料が手元に残りません。指示の存在を証明できる形にしておくことが、自分を守る最低限の備えになります。

違法かもしれない手順に気づいたときの相談先

社内で違法の疑いがある手順に気づいた場合は、直属の上司だけで完結させず、独立した経路に伝えることが基本です。関係する記録を保全したうえで、単独で当事者に問いただしにいかないことも重要になります。

相談先の候補としては、社内の内部通報窓口、監査部門、監査役や社外取締役、そして社外の弁護士が挙げられます。海外拠点が関わる場合は、その国の規制と日本の法制度の双方に詳しい専門家に当たるのが現実的でしょう。

本記事で扱った事件では、規制当局側の窓口や制度が国ごとに異なります。そのため、この記事では公式に確認できた出典以外の電話番号やURLは掲載していません。窓口を探す際は、記事末の出典に挙げた当局の公式発表や、所属先が定める通報規程を起点にしてください。

まとめ

  • 制裁対象国に関わる送金情報を削除する処理が、書面の業務手順として2002年から2007年にかけて行われていたと認定された事案だ
  • 制裁金はOFACの857万1,634ドルに続き、NYDFSが2億5,000万ドルと追加3億1,500万ドルを科した形だ
  • 重い処分を招いたのは違反そのものより、是正プロセスで外部の目を鈍らせた行為だ

次のアクションとして、自社に海外拠点があるなら、その拠点で使われている業務手順書の作成者と承認者を1つだけたどってみてください。誰も答えられない手順が1つでも見つかれば、点検すべき範囲はそこから広がります。

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よくある質問

Q
ストリッピングとは何ですか?
A

送金メッセージから制裁対象者を特定できる情報を削除する処理を指します。この事件では、最終受取銀行名や制裁対象者の情報を削除するよう指示する業務手順が書面で確立されていたとされ、米国内の銀行を経由する際の自動スクリーニングを回避する結果になっていました。

Q
なぜ日本の銀行が米国の当局から処分されたのですか?
A

米ドル建ての決済が米国内の銀行を経由していたためです。この事件では、対象となった送金が米国内の銀行を経由するドル建て決済で処理されており、ニューヨーク州金融サービス局と米財務省外国資産管理室の双方が処分を行いました。決済の経路が管轄を決めるという点は、海外送金を扱う部門が押さえておきたい前提でしょう。

Q
なぜ追加の制裁金が最初の和解より大きくなったのですか?
A

是正プロセスで規制当局を欺いたと認定されたためです。NYDFSは2014年11月18日、銀行側が同局の指名した独立コンサルタントに圧力をかけ、報告書から制裁対象国関連の懸念事項や改ざん指示に関する記述を削除させていたとして、追加で3億1,500万ドルの制裁金を発表しました。前年の2億5,000万ドルを上回る金額です。

Q
関わった個人はどうなったのですか?
A

反マネーロンダリング・コンプライアンス責任者がNYDFSの指示により解雇されたと公表されています。ほかに関係者2名がニューヨーク州内の金融機関との取引を禁止される処分を受けました。本記事では、公表資料に基づき役職と処分内容のみを扱い、個人名は記載していません。

Q
金融機関以外の会社にも関係する話ですか?
A

海外との取引や送金がある会社であれば無関係ではありません。この事件の核心は業界特有の事情ではなく、拠点で作られた業務手順が本社や規制当局の基準と離れていく構造にあります。手順書の作成者と承認者をたどれる状態にしておくことは、業種を問わず有効な備えになります。

出典・参考URL

  • https://www.dfs.ny.gov/reports_and_publications/press_releases/pr1411181 NYDFS Announces Bank of Tokyo Mitsubishi UFJ To Pay Additional $315 Million Penalty For Misleading Regulators|ニューヨーク州金融サービス局
  • https://www.dfs.ny.gov/reports_and_publications/press_releases/pr1306201 Governor Cuomo Announces Bank of Tokyo-Mitsubishi UFJ to Pay $250 Million|ニューヨーク州金融サービス局
  • https://www.nikkei.com/article/DGXNASGC2001N_Q3A620C1EE8000/ 三菱東京UFJ和解金245億円 NY州とイラン決済で|日本経済新聞
  • https://learnexportcompliance.com/insights/bank-of-tokyo-mitsubishi-ufj-ltd-pays-8-million-for-ofac-violations Bank of Tokyo-Mitsubishi UFJ, Ltd. Pays $8 Million for OFAC Violations|Export Compliance Training Institute

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