- 1991年、野村證券をはじめとする四大証券会社(野村・大和・日興・山一)が、大口顧客の株式投資の損失を裏で穴埋めする損失補填を組織的に行っていたことが発覚した
- 田淵義久社長は株主総会で“大蔵省了解のもとで行われた”と発言し、証券行政と業界の癒着が露呈。四大証券のトップが相次いで辞任に追い込まれた
- 事件を契機に証券取引法が改正され、損失補填は明確に違法化。損失補填の温床だった“営業特金”も廃止され、証券市場の透明性向上へ向かった
株式投資で大口顧客が損をしたら、証券会社が裏で穴埋めする。一般の個人投資家が同じように損をしても、もちろんそんなサービスはありません。1991年に発覚した損失補填問題は、日本の証券市場がいかに不公平な仕組みの上に成り立っていたかを白日の下に晒しました。
野村證券、大和證券、日興証券、山一證券の四大証券すべてが関与し、補填総額は数千億円規模に達していたとされます。証券業界の“ガリバー”と呼ばれた野村證券の田淵義久社長が株主総会で“大蔵省了解のもとで行われた”と発言したことで、証券行政と業界の癒着構造が一気に表面化しました。
この記事では、損失補填とは何か、なぜ業界ぐるみで行われていたのか、そして事件が証券市場にどのような変革をもたらしたかを解説していきます。
損失補填とは何か
損失補填とは、証券会社が顧客の株式投資で生じた損失を、自社の資金で穴埋めする行為です。
バブル期の日本では、大企業や機関投資家が“営業特金(特定金銭信託)”と呼ばれる仕組みを通じて株式投資を行っていました。証券会社が運用を一任され、事前に利回りを保証するケースも多くありました。利回り保証は当時の証券取引法でも違法でしたが、“事後の損失補填”については明確な禁止規定がなく、業界の商慣行として定着していたのです。
大蔵省も損失補填が行われていることを承知しており、1989年に補填をやめるよう通達を出し、営業特金を1990年までに整理するよう求めていました。しかし通達後も補填は続いていました。
事件の発覚と四大証券トップの辞任
- 1989年大蔵省が損失補填禁止の通達大蔵省証券局が損失補填の禁止と営業特金の整理を通達。しかし証券各社は通達後も補填を継続していた。
- 1991年5月暴力団への資金提供が発覚野村證券と日興証券の金融子会社が暴力団関係者に資金を提供していたことが発覚。証券業界への不信感が一気に高まった。
- 1991年6月四大証券の損失補填が報道、田淵社長が問題発言野村證券・日興証券が大口顧客の損失を補填していたとの新聞報道。6月27日の野村證券株主総会で田淵義久社長が“大蔵省了解のもとで行われた”と発言し、証券行政との癒着が露呈した。
- 1991年7月四大証券トップが辞任、法人営業自粛処分野村證券の田淵義久社長をはじめ、四大証券のトップが相次いで辞任。大蔵省は四社に対して法人営業の一時自粛処分を行い、関係幹部の訓告処分を実施した。
- 1991年10月証券取引法改正、損失補填を明確に違法化証券取引法が改正され、事後の損失補填も含めて明確に違法化された。補填の温床だった営業特金も実質的に廃止へ向かった。

田淵社長の“大蔵省了解”発言は、証券業界と監督当局の“持ちつ持たれつ”の関係を象徴しています。大蔵省は損失補填を知りながら黙認し、証券会社は大蔵省の意向に従う代わりに保護を受ける。この構造的癒着が、後の大蔵省接待汚職事件や大蔵省解体(金融庁設置)につながっていきます。
なぜ損失補填は行われたのか
損失補填が業界ぐるみで行われた背景には、大口顧客との取引維持が証券会社の収益の生命線だったという構造があります。
バブル期の証券市場では、大企業や機関投資家が巨額の資金を投じていました。これらの顧客が損失を被った場合、他社に乗り換えられれば手数料収入が失われます。そのため証券各社は競って損失を穴埋めし、顧客の囲い込みを図っていました。一般の個人投資家にはもちろんそのような優遇はなく、結果として証券市場の公平性は著しく損なわれていたのです。
現代に通じる教訓
損失補填事件は、金融市場における“大口優遇”の危険性を示した歴史的事件です。
事件を契機に証券取引法が改正され、損失補填は明確に違法化されました。営業特金も実質的に廃止され、証券市場の透明性は大きく改善しています。しかし、大口顧客と一般投資家の情報格差や取引条件の差は完全には解消されていません。投資を行う際は、自分が得ている情報やサービスの条件が公平なものかを常に意識することが重要です。

野村證券はこの損失補填事件で社長が辞任した後、1997年にはさらに総会屋への利益供与事件(小池隆一事件)でも摘発されています。巨大企業の“特権意識”が招いた不祥事の連鎖は、コンプライアンスがいかに重要かを物語っています。
まとめ
- 四大証券が大口顧客の損失を組織的に補填。一般投資家を無視した不公平な慣行が業界ぐるみで行われていた
- 田淵社長の“大蔵省了解”発言で証券行政と業界の癒着が露呈。四大証券トップが辞任に追い込まれた
- 事件を契機に証券取引法改正で損失補填が違法化。営業特金も廃止され、証券市場の透明性が向上した
よくある質問
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Q損失補填の総額はいくらですか?
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A
四大証券による損失補填の正確な総額は公表されていませんが、数千億円規模に達していたとされています。大蔵省の通達後も補填が続けられていたことが発覚し、証券業界全体の構造的な問題として社会に衝撃を与えました。
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Q営業特金とは何ですか?
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A
営業特金(特定金銭信託)とは、信託銀行を通じて企業の余剰資金を株式などで運用する仕組みです。証券会社が運用を実質的に一任され、事前に利回りを保証するケースも多くありました。損失が出た場合に証券会社が補填する温床となっていたため、事件後に実質的に廃止されました。
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Q現在も損失補填は行われていますか?
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A
1991年の証券取引法改正(現・金融商品取引法)により、損失補填は事前の約束も事後の穴埋めも明確に違法とされています。違反した場合は証券会社と顧客の双方に刑事罰が科されます。現在の証券市場では、損失補填は厳しく監視されています。
【出典】参考URL
- 小池隆一事件 – Wikipedia:野村證券の内部告発による発覚、四大証券への波及
- 日本経済新聞:田淵義久元社長の死去、損失補填・総会屋事件での辞任経緯
- 日本証券経済研究所:歴代証券局長の証言、大蔵省通達の経緯、田淵社長の株主総会発言
- オレンジ法律事務所:損失補填の法的評価、特別背任罪の不起訴理由


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