ベアリングス銀行破綻とは?ニック・リーソンが233年の名門を潰した全貌

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ベアリングス銀行破綻とは?ニック・リーソンが233年の名門を潰した全貌を3行で要約
  • 1762年創業・233年の歴史を持つ英国最古の商業銀行ベアリングスが、たった1人のトレーダーの不正取引により1995年2月26日に破綻した
  • ニック・リーソンは架空口庨88888で損失を隠蔽しながら日経225先物の自己売買を繰り返し、阪神淇路大震災で損失が加速。最終損失は約8.6億ポンド(約1380億円)
  • リーソンはフランクフルトで逆捕され、懲役6年半の実刑判決。1999年出所。ベアリングスはINGに1ポンドで買収された

1995年2月26日、ロンドンの金融街に衝撃的なニュースが駆け巡りました。“女王陜下の銀行”と称され、233年の歴史を誇る英国最古の商業銀行ベアリングスが破綻したのです。

原因は、シンガポール支店に勤務していた28歳のトレーダー、ニック・リーソンによる不正取引です。左官職人の息子として生まれ、18歳で学校を中退して銀行業界に入ったリーソンが、名門銀行の自己資本を上回る約1380億円の損失を出し、一人で銀行を潰してしまった事件です。

ベアリングス銀行とは

ベアリングス銀行は1762年にフランシス・ベアリングによって創業されたロンドン最古のマーチャント・バンクです。英国王室とも取引があり、ナポレオン戦争時には英国戦時公債の最大の引受会社として活躍。フランスの宰相は“ヨーロッパには6つの強国がある。英仏普塧露、そしてベアリング・ブラザーズだ”と評したほどの存在でした。

架空口庨88888と損失の拡大

リーソンはシンガポール国際金融取引所(SIMEX)での先物取引部門の責任者として抜擢されました。

着任後まもなく、リーソンは“エラー口座”88888番を開設します。これは場立ち取引で発生する注文ミスを処理するための口座で、開設自体は通常のことです。しかしリーソンはこの口座を悪用し、部下の注文ミスや自分の損失を隠蔽。上司には報告せず、監査時には損失を一時的に別の口座に移して切り抜けていました。

重大な構造的問題がありました。通常、取引を行うフロントオフィスと、決済・記録を行うバックオフィスは分離されるべきです。しかしシンガポール支店ではリーソンが両方を兼務しており、自分の取引を自分で確認できる状態でした。

阪神大震災と崩壊

ベアリングス銀行破綻の時系列
  • 1989年
    リーソンがベアリングスに入行
    18歳で学校を中退し銀行業界に入ったリーソンがベアリングスに入行。ジャカルタ支店での債権処理を機に出世コースへ。
  • 1992年頃
    SIMEXの先物取引責任者に抜擢、架空口庨88888開設
    シンガポールで日経225先物と日本国債のデリバティブ取引を担当。ベアリングスの利益の1割を稼ぎ出すほどの成果を上げる一方、裏では損失を架空口座に隠蔽していた。
  • 1995年1月17日
    阪神淇路大震災で巨額損失
    日本市場が暴落し、リーソンは1日で5000万ポンドの損失。損失を取り戻そうとさらに大きな賭けに出るが、相場は回復せず損失が加速的に拡大。
  • 1995年2月24日
    リーソンが辞表を提出し逃亡
    損失が約8.6億ポンド(約1380億円)に達し、ベアリングスの自己資本750億円を大幅に超過。リーソンは辞表を提出し、シンガポールからボルネオに逃亡。
  • 1995年2月27日
    イングランド銀行が再建断念を発表、破綻
    建て玉の引き受け手が見つからず、イングランド銀行がベアリングスの再建断念を発表。233年の歴史に幕を閉じた。その後INGが1ポンドで買収。
  • 1995年12月
    リーソンに懲役6年半の判決
    フランクフルトで逆捕されシンガポールに送還。懲役6年半の実刑判決。服役中に大腸癌を患い、最初の結婚生活も破綻。1999年に出所。
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リーソンの手口は非常に単純です。取引と決済の両方を一人で担当していたため、自分の取引を自分でチェックできた。これは現代の金融機関では考えられない体制ですが、当時のベアリングスはトレーディング業務に不慣れなまま、組織体制の整備が追いついていなかったのです。

現代に通じる教訓

ベアリングス事件の教訓は、フロントオフィスとバックオフィスの分離がいかに重要かという点に尽きます。

リーソンが取引と決済の両方を兼務していたこと、本社がリーソンを信頼して巨額の資金を送り続けたこと、そしてエリート名門銀行の“うちに限ってそんなことは起きない”という慎万の欠如。これらが重なり、233年の歴史が一人の28歳のトレーダーによって終わりました。この事件以降、世界中の金融機関でフロントとバックの分離が強化されましたが、その後もAIB事件、2008年のソシエテ・ジェネラル事件など、同様の不正トレーダー事件が繰り返されています。

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リーソンは出所後、自伝“私がベアリングス銀行をつぶした”を出版。ユアン・マクレガー主演で映画化もされました。現在はアイルランドに住み、講演活動などを行っています。

まとめ

  • 233年の名門ベアリングスが、ニック・リーソン一人の不正取引で破綻。損失は自己資本を超え8.6億ポンドに達した
  • 根本原因はフロントとバックの兼務という構造的欠陥。自分の取引を自分で確認できる体制が不正を可能にした
  • 事件は“ローグ・トレーダー”という言葉を世界に広め、金融機関のリスク管理体制の強化を促す契機となった

よくある質問

Q
リーソンは現在どうしていますか?
A

1999年に出所後、自伝を出版し、映画化もされました。その後アイルランドに移住し、ゴールウェイ・ユナイテッドFCのCEOを務めたこともあります。現在は講演活動や自分の資金での株式投資を行っているとされています。

Q
なぜ本社は不正を見抜けなかったのですか?
A

リーソンは大きな利益を上げているように見せかけており、本社は彼を信頼して巨額の資金を送り続けました。また、シンガポール支店ではリーソンが取引と決済の両方を兼務しており、内部統制が機能していませんでした。233年の名門というプライドが、自社のリスクを直視することを妨げました。

Q
ベアリングス銀行はその後どうなりましたか?
A

オランダのINGグループが象徴的な1ポンドで買収しましたが、INGは14億ドル超の残債を保証し、10億ドルの返済を肩代わりしました。1998年のアジア通貨危機を機に旧ベアリングス部門はほぼ機能停止。最終的に分割売却され、ベアリングスの名前は完全に消滅しました。

【出典】参考URL

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