バイエル薬害エイズ事件とは?1800人感染の真相と和解金

詐欺事件
バイエル薬害エイズ事件とは?1800人感染の真相と和解金を3行で要約
  • バイエル子会社のカッター社は加熱製剤を米国で販売後も非加熱製剤をアジアで売り続け、血友病患者への感染被害を拡大させた
  • 日本では血友病患者の約4割にあたる約1800人がHIVに感染し、700人以上が死亡する戦後最悪級の薬害事件となった
  • 1997年に米国では6億6000万ドル(約730億円)の和解が成立。日本でも1996年に原告1人あたり4500万円の和解金が支払われた

血友病の患者にとって、血液製剤は文字通り命を支える薬でした。しかし1980年代、製薬大手バイエルの子会社カッター・バイオロジカルは、HIV感染のリスクを認識しながら非加熱血液製剤の販売を継続していました。

米国では1984年2月に加熱処理済みの安全な製剤へ切り替えたにもかかわらず、日本やアジア各国では非加熱製剤の輸出を継続。その結果、世界中で多くの血友病患者がHIVに感染し、命を落とすことになります。

この記事ではバイエル(旧カッター・バイオロジカル)の薬害エイズ事件の全体像と、日本における被害、そして現代に通じる教訓を解説します。

バイエル薬害エイズ事件とは

バイエル薬害エイズ事件とは、バイエルの子会社カッター・バイオロジカルが、HIV感染のリスクがある非加熱血液製剤を安全な代替品が存在する後も販売し続けた薬害事件です。

この血液製剤は第VIII因子製剤と呼ばれるもので、血友病患者の止血治療に使われます。当時の製剤は1万人以上の血液をプールして作られていたため、1人でもHIVに感染した血液が混ざると、多数の患者に感染が広がる構造でした。

1984年2月、カッター社は加熱処理でHIVを不活化した安全な新製剤を米国と西欧で販売開始しました。しかし同時期に、古い非加熱製剤を日本、香港、台湾、マレーシア、シンガポール、インドネシア、アルゼンチンなどへ輸出し続けていたのです。

カッター社は1984年2月以降、合計10万本以上の非加熱製剤(400万ドル超相当)を海外に出荷していました。販売を続けた動機は、古い在庫の処分と、固定価格契約において古い製剤の方が製造コストが安かったことによるものです。

非加熱製剤とは何か

非加熱製剤は、血液からウイルスを不活化する加熱処理を行っていない血液凝固因子製剤です。1970年代末に登場したこの製剤は、それまでのクリオ製剤より簡便で、治療の主流になりました。

しかし原料の血液には、後にHIVと呼ばれるウイルスが混入していた可能性がありました。カッター社を含む米製薬企業は、刑務所の受刑者や薬物使用者、複数の性交渉者など、HIV感染リスクが高い層からも血漿を買い取っていたとされています。

血友病と血液製剤の基礎知識

血友病は、血液を凝固させる因子が先天的に不足しているため、出血が止まりにくくなる遺伝性の疾患です。第VIII因子が欠乏すると血友病A、第IX因子が欠乏すると血友病Bと呼ばれます。

治療では、不足している凝固因子を外から補う必要があります。1970年代末まで主流だった国産のクリオ製剤は比較的安全でしたが、使用が煩雑でした。これに代わって登場した米国製の濃縮凝固因子製剤は、簡便で効果も高く、あっという間に治療の主流になっていきました。

問題は、この濃縮製剤が1万人以上の血液をプール(混ぜ合わせ)して製造されていた点です。1バイアルを作るのに膨大な数の献血者の血液が使われるため、1人でも感染者の血液が混ざると、そのロット全体が汚染されるという致命的な構造を抱えていました。

海外販売の闇とバイエルの判断

カッター社は米国で加熱製剤を販売開始した後も、海外では非加熱製剤を売り続けました。その判断は利益と在庫処分を優先したものでした。

2003年にニューヨーク・タイムズが報じた内部文書には、カッター社の経営判断が克明に残されています。固定価格契約のため、古い製剤を売る方が利益率が高かったこと、一部顧客が新製剤の効果を疑っていたこと、そして一部の国で承認手続きが遅れていたことなどが理由として記載されていました。

しかしタイムズ紙の取材に対し、台湾の保健当局者はカッター社が加熱製剤の販売許可を台湾で申請したのは1985年7月で、米国販売開始から1年半も後だったと証言しています。香港の当局者も、輸入ライセンス取得は通常1週間で済むと指摘しました。

バイエル薬害エイズ事件の時系列
  • 1983年3月
    CDCが血液製剤とエイズの関連を警告
    米疾病対策センター(CDC)が、血友病患者のエイズ発症に血液製剤が関与している可能性を警告。しかし製薬各社はすぐには対応しなかった。
  • 1984年2月
    カッター社が加熱処理済み製剤を米国で発売
    加熱処理でHIVを不活化した新製剤を米国と西欧で販売開始。しかし非加熱製剤の在庫処分と輸出は継続された。
  • 1984〜1985年
    アジア・中南米で非加熱製剤販売継続
    日本、香港、台湾、マレーシア、シンガポール、インドネシア、アルゼンチンへ10万本以上の非加熱製剤(400万ドル超)を出荷。香港・台湾だけで少なくとも100人の血友病患者がHIVに感染した。
  • 1985年7月
    日本で加熱製剤が承認される
    厚生省が加熱製剤を承認。しかし非加熱製剤の回収を同時に命じなかったため、その後も非加熱製剤による感染が拡大し続けた。
  • 1989年
    東京・大阪地裁に集団訴訟提起
    被害者と遺族が、国と製薬会社5社(ミドリ十字、バクスター、日本臓器、バイエル、化血研)を被告として損害賠償訴訟を提起した。
  • 1996年3月
    日本で和解成立
    東京・大阪地裁で和解成立。原告1人あたり4500万円の和解金が支払われ、恒久対策として医療・福祉体制の整備が約束された。
  • 1997年
    米国で6億6000万ドルの和解
    バイエルと米3社が6000人超の血友病患者に対し、合計6億6000万ドル(約730億円)で和解。1人あたり約10万ドルの支払いとなった。
  • 2003年5月
    NYタイムズが内部文書をスクープ
    ニューヨーク・タイムズがカッター社の内部文書を入手・公開。アジア・中南米の血友病患者を対象とした新たな集団訴訟が米連邦裁に提起された。
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賠償罪子

米国の消費者擁護団体パブリック・シチズンのシドニー・ウルフ氏は、カッター社の内部文書を、自分がこれまで見た製薬業界の文書の中で最も有罪性の高い資料だと評しています。命より在庫処分を優先した経営判断が、30年以上経っても許されない理由がここにあります。

日本の被害と和解の経緯

日本の薬害エイズ事件は、戦後最悪級の医療被害の一つとされています。

1982年から1985年にかけて非加熱製剤を投与された血友病患者のうち、約1800人(全血友病患者の約4割)がHIVに感染し、うち700人以上が死亡したと推計されています。エイズ治療薬もワクチンもなかった時代、感染は事実上の死の宣告に近い意味を持っていました。

日本で販売されていた非加熱製剤

訴訟の被告となった製薬会社は以下の5社です。

会社名 立場 現在の企業
ミドリ十字 製造販売 田辺三菱製薬(合併)
化学及血清療法研究所 製造販売 KMバイオロジクス
バクスタージャパン 輸入販売 バクスター
日本臓器製薬 輸入販売 日本臓器製薬
バイエル薬品 輸入販売(カッター社合併) バイエル薬品

和解の内容

1996年3月、東京・大阪両地裁で和解が成立しました。和解金は原告1人あたり4500万円で、発症者・死亡者・感染者を問わず支払われました。

和解後、安部英帝京大学教授、ミドリ十字の旧経営陣、松村明仁厚生省生物製剤課長が業務上過失致死などの容疑で刑事訴追されました。ミドリ十字の経営陣3人は最高裁で有罪が確定(1人は裁判中に死亡)。松村課長も業務上過失致死罪で有罪確定しました。

1999年8月、厚生省(当時)の敷地内に薬害根絶の誓いの碑が建立されました。二度と薬害を繰り返さないことを国が誓う象徴となっています。

現代に通じる教訓

バイエル薬害エイズ事件の最大の教訓は、命に関わる情報の非対称性が、国境を越えて被害を拡大させるという点です。

米国ではより安全な新製剤が販売されているのに、アジアや中南米では古くて危険な旧製剤が売られ続けた。これは当時のグローバル製薬業界における情報の不均衡と、各国規制当局のチェック機能の弱さが生んだ悲劇でした。

日本の場合は、厚生省が加熱製剤を承認しながら非加熱製剤の回収命令を出さなかったことが被害拡大の決定的な要因でした。行政の不作為と、製薬会社の在庫処分判断が重なった結果、本来なら救えた命が失われた事件といえます。

この教訓は過去の話ではありません。現在も、欧米で販売停止になった医薬品や医療機器が、規制の緩い国で販売され続ける事例は珍しくありません。消費者にできる最低限の自衛は、自分が使う薬や機器のグローバルな最新情報を自分で確かめる習慣を持つことです。

消費者が自衛するために

  1. 医薬品や医療機器を使う前に、製品名で海外の副作用情報・リコール履歴を検索する習慣をつける。米FDAのMedWatchやEMA(欧州医薬品庁)の警告が日本より早く出ることがあります
  2. 重大な健康被害が報告されている製品を使っている場合、処方医や薬剤師に必ず相談する
  3. 集団訴訟や和解金の情報は、公的機関の公式サイトで確認する。SNSやLINEで届く和解金が受け取れるという話には詐欺が多い

まとめ

  • バイエルの子会社カッター社は、米国で加熱製剤を販売した後もアジアで非加熱製剤を販売し続け、世界規模で血友病患者の命を奪った
  • 日本では約1800人の血友病患者がHIVに感染し700人以上が死亡。1996年に1人あたり4500万円の和解金が支払われた
  • この事件は在庫処分と利益を命より優先した経営判断がもたらした悲劇であり、現代の医薬品・医療機器のリスクを考える原点でもある

よくある質問

Q
薬害エイズ事件の責任はバイエルだけですか?
A

バイエル以外に4社の製薬会社と国にも責任があります。日本の訴訟ではミドリ十字、化学及血清療法研究所、バクスタージャパン、日本臓器製薬、バイエル薬品の5社と国が被告でした。米国では、バイエル子会社のカッター・バイオロジカル、バクスター子会社のハイランド、アルファ・セラピューティック、アーマー(旧ローヌ・プーランローラ)の4社が主要関係者です。

Q
なぜ加熱製剤がすぐに日本に入らなかったのですか?
A

承認手続きの遅延と、企業の輸出判断の遅れが重なったためです。台湾や香港の当局者の証言では、輸入ライセンス取得は通常1週間から数か月で済むのに、カッター社は加熱製剤の申請自体を1年以上遅らせていました。日本では1985年7月に加熱製剤が承認されましたが、非加熱製剤の回収命令が出なかったため、被害はさらに拡大しました。

Q
現在の血液製剤は安全ですか?
A

1980年代と比べて安全性は格段に向上しています。現在は加熱処理に加えてウイルス除去膜や溶媒界面活性剤処理など複数のウイルス不活化工程が義務化されています。日本では2002年の薬事法改正で生物由来製品の安全対策が強化され、原料血液の全量国内献血化も進められました。ただし未知のウイルスリスクは残るため、血液製剤は必要最小限の使用が原則です。

Q
海外の被害者も補償されましたか?
A

米国では1997年に和解が成立し1人あたり約10万ドルが支払われましたが、アジアや中南米の被害者への補償は限定的です。2003年にアジア・中南米の血友病患者がカリフォルニア連邦地裁に集団訴訟を提起しましたが、多くの国で製造物責任法が不十分だったため、米国内と同等の救済には至っていません。フランスやカナダ、英国でも薬害被害者の補償交渉は数十年にわたり続いています。

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コメント

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