- 偽鑑定士の詐欺とは、美術品の鑑定書を偽造し、無価値な贋作に本物のお墨付きを与えて高額で売却する手口である
- ニューヨークの名門ノードラー画廊では、中国人画家が描いた贋作約40点に偽の来歴を付けて販売し、被害総額は約8000万ドルに達した。米国史上最大の美術品詐欺とされる
- 日本でも画廊主と版画作家が共謀して贋作を製作・販売する事件が発生。鑑定書があるから安心という思い込みが最大の弱点となっている
路地裏に停められた車から出てきたピカソを買うという、その状況を考えれば取引の性質がわかるはず――。贋作鑑定の専門家はそう警告します。しかし現実には、マンハッタンの一流画廊が15年にわたって贋作を販売し続けたことがあります。プロの目すら欺く偽造技術と偽の来歴書が揃えば、どんな作品でも本物に見えてしまうのです。
この記事では、美術品の鑑定書を偽造して無価値な作品を名画として市場に流す偽鑑定士の手口と、騙されないための対策を解説します。
偽鑑定士の手口
偽鑑定士による美術品詐欺は、贋作の製作と偽の鑑定書の発行が組み合わさって初めて成立する組織的な犯罪です。
手口は大きく3つのパターンに分類されます。第1に、鑑定士が贋作の製作者と直接共謀し、偽の鑑定書を発行して販売するケース。第2に、画廊やディーラーが偽の来歴(プロヴナンス)を捏造し、作品の出所を信頼できるコレクションに偽装するケース。第3に、本物の鑑定書を持つ箱や額縁に偽物の作品を入れ替えて販売するケースです。
日本では特に、有名日本画家の版画について画廊主が版画作家と共謀して贋作を製作・販売する事件が問題になっています。版画はオリジナル絵画と異なり複製しやすく、専門の鑑定機関が少ないため、鑑定書がないまま売買されているケースが多いのが実情です。
ノードラー画廊事件:米国史上最大の美術品詐欺
偽鑑定士の詐欺で最も有名な事件は、ニューヨークの名門ノードラー画廊で起きました。
1994年から2008年にかけて、ノードラー画廊はジャクソン・ポロック、マーク・ロスコ、ウィレム・デ・クーニングなどの抽象表現主義の巨匠の作品と称する約40点の絵画を販売・委託していました。実際にはこれらの作品は全て、ニューヨークのクイーンズに住む中国人画家が描いた贋作でした。
この詐欺が成功した鍵は、偽の来歴でした。作品には架空のコレクターが所有していたという偽のプロヴナンスが付けられ、名門画廊の名前が信頼性を保証する役割を果たしていたのです。被害総額は約8000万ドルに達し、米国史上最大の美術品詐欺とされています。
この詐欺を暴いたのはFBIの顧問も務める贋作鑑定人ジェイミー・マーティンでした。マーティンはラマン顕微鏡を使い、ポロックの死後に初めて広く使われるようになった顔料ナフトールレッドが作品に含まれていることを特定しています。また別の偽作では1958年まで市場に存在しなかったポリプロピレン繊維が絵の具に混入していたことも発見されました。

偽鑑定士詐欺の最大の教訓は、鑑定書があるからといって安心してはいけないということです。鑑定書そのものが偽造されるケースがあり、発行元の信頼性を確認することが不可欠です。高額の美術品を購入する際は、自分が依頼した独立した第三者の鑑定を売り手に要求してください。売り手が用意した鑑定書だけを信頼するのは危険です。
贋作を見分けるためのポイント
一般のコレクターが贋作を完全に見抜くことは困難ですが、いくつかの警戒すべきサインがあります。
第1に、話がうますぎる取引です。FBIの捜査官は、売り手が世間知らずで作品の本当の価値を知らないという前提の取引を警戒するよう指摘しています。掘り出し物に見える取引こそ、詐欺の可能性が最も高いのです。
第2に、来歴(プロヴナンス)の検証です。科学捜査の専門家は、作品そのものだけでなく、それに付随する書類や資料も調べることが重要だと述べています。来歴が途切れていたり、検証不能なコレクターの名前が含まれている場合は注意が必要です。
第3に、鑑定書の発行元の確認です。権威ある鑑定機関や作家に近い関係者が発行した鑑定書は信頼性が高いですが、鑑定書そのものが偽造されるケースもあります。日本では東京美術倶楽部の東美鑑定評価機構が主要な鑑定機関ですが、現代アートの版画は専門外であり、鑑定してもらえないのが現状です。
第4に、高額作品の場合は買い手が依頼する独立した第三者による科学的鑑定を売り手に要求することが最も確実です。紫外線検査、成分分析、炭素年代測定など、現代の科学技術は偽造者の痕跡を高い精度で検出できます。
まとめ
- 偽鑑定士の詐欺は贋作の製作と偽の鑑定書の発行が組み合わさって成立する。名門画廊でさえ15年間にわたって贋作を販売し続けた事例がある
- 鑑定書があるから安心という思い込みが最大の弱点。鑑定書そのものが偽造されるケースがあり、発行元の信頼性確認が不可欠だ
- 高額作品は自分が依頼した独立した第三者の科学的鑑定を必ず受けること。売り手が用意した鑑定書だけに依存してはならない
よくある質問
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Q贋作を知らずに購入した場合は返金されますか?
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A
法的には錯誤(勘違い)を理由に売買契約を取り消せる可能性がありますが、証明のためには鑑定結果などの専門的な裏付けが必要です。また、売り手が偽物と知っていた場合は詐欺罪(刑法246条、10年以下の懲役)に該当しますが、本物だと信じていたと主張された場合は立証が困難です。信頼できる画廊やオークションハウスからの購入であれば、返金に応じてもらえる可能性が高まります。
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Qフリマアプリで美術品を買うのは安全ですか?
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A
非常にリスクが高いです。フリマアプリやインターネットオークションでは個人が美術品を容易に売買でき、法整備が追いついていない部分があります。鑑定書のない作品や来歴が不明な作品は特に注意が必要です。高額な美術品の購入は、信頼できる実績のある画廊やオークションハウスを通じて行うことを強く推奨します。
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QAIやブロックチェーンで贋作問題は解決しますか?
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A
部分的には効果が期待されています。ブロックチェーン技術を利用すれば、作品の制作・所有履歴を改ざん困難な形で記録できるため、来歴の偽造が難しくなります。また科学分析の精度も年々向上しており、顔料の成分分析やDNA検査、炭素年代測定などで偽造者の痕跡を検出できるようになっています。ただし技術だけで完全に解決できるわけではなく、信頼できるルートでの売買を徹底することが最も重要です。
【出典】参考URL
- WIRED Japan:米国史上最大の美術品詐欺と贋作鑑定人の科学的検出手法
- ARTnews Japan:現代アートの贋作増加とFBI捜査官の警告
- タグボート:日本の版画贋作事件とブロックチェーン技術の活用
- 日晃堂:贋作の定義と鑑定書偽造のリスク


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