- バックストリート・ボーイズとイン・シンクを生み出した伝説のプロデューサーが、裏ではアメリカ史上最大級の出資金詐欺を行っていた
- 銀行や最大1700人の投資家から3億ドル以上を騙し取るポンジスキームを運営し、アーティストからも不当な利益を搾取していた
- 2007年にインドネシアで逮捕され禁固25年の判決。2016年に獄中で62歳で死去した
90年代のティーンポップを席巻した2大ボーイバンド、バックストリート・ボーイズとイン・シンク。両グループを生み出した男は、音楽業界の天才であると同時に、アメリカ史上最大級の詐欺師でもありました。
ルー・パールマンは、表ではボーイバンドのプロデューサー兼マネージャーとして華々しい成功を収めながら、裏では1700人の投資家から3億ドル以上を騙し取るポンジスキームを運営していました。NetflixのドキュメンタリーDirty Pop: The Boy Band Scamでその全貌が描かれています。
ボーイバンドの仕掛け人
パールマンの音楽プロデューサーとしての功績は、90年代のティーンポップ市場を事実上創造したという点で否定できないものがあります。
ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックの成功に触発されたパールマンは、フロリダ州の地方紙にポップグループのボーカル募集という広告を掲載しました。これに応じた若者たちから結成されたのがバックストリート・ボーイズ(1993年結成)です。まずヨーロッパで売り出し、その後アメリカと世界に展開するという戦略で大成功を収めました。
さらにパールマンは同じ手法でイン・シンクを結成しています。バックストリート・ボーイズのメンバーは、パールマンが自分たちと競合するグループを作ったことをほとんど裏切りだったと語っています。両グループの不仲説は、パールマンが意図的に煽った競争関係から生まれたものでした。
アーティストへの搾取と3億ドルの詐欺
パールマンの裏の顔は、アーティストからの不当な利益搾取と、投資家に対する大規模なポンジスキームでした。
バックストリート・ボーイズのメンバーは、パールマンとマネージャーが内緒で10億円以上の利益を懐に入れていたとして提訴しています。ギャラの未払い、不当な契約条件、未成年者の労働法違反など、アーティストに対する搾取は枚挙にいとまがありませんでした。
さらに深刻だったのは投資詐欺です。パールマンは銀行や最大1700人の投資家から総額3億ドル以上を騙し取っていました。高い配当を約束して資金を集め、新規投資家の出資金で既存の投資家に配当を支払う典型的なポンジスキームを運営していたのです。

パールマンの事件が特異なのは、音楽プロデューサーとしての本物の成功が、投資詐欺の隠れ蓑として機能したことです。バックストリート・ボーイズやイン・シンクの世界的な成功を見れば、パールマンに投資したくなるのは自然な心理です。
本業で成功しているように見える人物が、裏で全く別の詐欺を運営している可能性があることを、この事件は教えてくれます。
逮捕と獄中死
2006年に告発されたパールマンはインドネシアに逃亡しましたが、2007年に逮捕されました。
2008年、マネーロンダリング、共同謀議、詐欺の罪を認め、禁固25年の判決を受けています。100万ドルの返金ごとに1ヶ月の減刑という条件が付けられましたが、パールマンは一切返金しませんでした。2010年に脳卒中を起こし、以降体に問題を抱え続け、2016年8月に獄中で心臓の問題により62歳で死去しています。
まとめ
- パールマンはBSBとイン・シンクを生んだプロデューサーでありながら、1700人から3億ドルを騙し取るポンジスキームを運営していた
- 本業の成功が投資詐欺の信頼構築に利用された。アーティストからも不当な利益を搾取し続けた
- 禁固25年の判決後も一切返金せず獄中で死去。本業で成功している人物の裏の顔にも注意が必要だ
よくある質問
-
Qアーティストたちはパールマンの死をどう受け止めましたか?
-
A
複雑な反応でした。イン・シンクのジャスティン・ティンバーレイクは彼が安らぎを見つけたことを願うと追悼し、ランス・バスは信用できるビジネスマンではなかったが彼の影響なしでは今の自分はないと述べています。パールマンに搾取されながらも、音楽キャリアのきっかけを与えてくれた存在であるという複雑な感情が窺えます。
-
Qパールマンの事件は映像化されていますか?
-
A
Netflixでドキュメンタリーシリーズ Dirty Pop: The Boy Band Scam が配信されています。パールマンがいかにして90年代最大のボーイバンドを生み出し、同時に史上最大級のポンジスキームを運営していたかを描いた作品です。
-
Q被害者への返金は行われましたか?
-
A
ほとんど行われていません。判決では100万ドルの返金ごとに1ヶ月の減刑という条件が付けられ、パールマンは1億ドルの返済に合意しましたが、弁護士によれば返済可能な金額はそれが限界とされていました。実際にはパールマンは一切返金せず、刑期の短縮もないまま獄中で亡くなっています。
【出典】参考URL
- TOWER RECORDS:LOU PEARLMANが禁固25年の判決を受ける
- cinemacafe.net:BSB生みの親ルー・パールマンが死去
- Rolling Stone Japan:イン・シンクとBSB誕生秘話 詐欺師と言われた生みの親
- NME Japan:ルー・パールマンが獄中で亡くなる


コメント