- バブコック・アンド・ウィルコックス社(B&W社)が製造したスリーマイル島原発2号機は、コスト削減のための手抜き工事や既製品の流用が多く、試運転段階から故障・事故が頻発していた
- 1979年3月28日、給水ポンプの故障と運転員の誤操作が重なり炉心溶融(メルトダウン)が発生。約14万人が避難する米史上最悪の原発事故となった(INES レベル5)
- 事故の根本原因は安全より納期とコストを優先した企業姿勢にあり、制御室の計器設計の不備や運転員の教育不足など、複合的な問題が放置されていた
1979年3月28日午前4時、米ペンシルベニア州スリーマイル島原子力発電所2号機で警報が鳴り響きました。二次冷却水のポンプが停止し、連鎖的に安全装置が作動。しかし運転員は何が起きているか把握できず、緊急冷却装置を手動で停止するという致命的な誤操作を行いました。
結果として炉心の燃料が溶融し、放射性物質の一部が環境に放出。約14万人の住民が避難する事態となりました。この事故を境に、アメリカは原発の新設を事実上停止し、世界の原子力政策に大きな転換をもたらしています。
事故の舞台となった2号機を製造したのが、バブコック・アンド・ウィルコックス社(B&W社)です。この記事では、なぜ事故は防げなかったのか、B&W社の設計・製造上の問題と、安全情報の軽視がどのように大惨事を招いたかを解説していきます。
B&W社と2号機の建設問題
バブコック・アンド・ウィルコックス社は、経営難のなかで納期に追われ、コスト削減を優先した建設を行っていました。
スリーマイル島原発の所有者であるGPU社も経営状態が悪化しており、建設費は計画時の約5.5倍に膨張。資金難のため建設費を22%も切り詰めて1日でも早く完成させ、営業運転に入ることが最優先とされました。その結果、水精製装置には原発以外でも使われる既製品が据えられ、配管との連結が不十分でトラブルが頻発。試運転段階から給水系トラブル9件、ECCS(緊急炉心冷却装置)作動9件など多数の事故・故障が起きていました。
事故の経緯:複合要因によるメルトダウン
- 1978年12月2号機が商用運転を開始B&W社製の加圧水型原子炉(定格出力96万kW)が商用運転を開始。試運転中から故障が相次いでおり、加圧器逃がし弁の誤開放など、後の事故と同種のトラブルも発生していた。
- 1979年3月28日 午前4時給水ポンプ停止、事故が始まる二次冷却水の給水ポンプが停止。自動で原子炉が緊急停止したが、加圧器の逃がし弁が開いたまま閉じなくなり、冷却水が流出し始めた。制御室には弁の実際の開閉状態を示す計器がなく、運転員は弁が閉じたと誤認した。
- 午前4時〜6時運転員が緊急冷却装置を手動停止冷却水が漏れ続けているにもかかわらず、運転員は加圧器の水位上昇を見て冷却水が過剰と誤判断。ECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で停止するという致命的な誤操作を行った。炉心が露出し、燃料の溶融が始まった。
- 3月30日避難勧告、約14万人が避難ペンシルベニア州知事が半径5マイル以内の妊婦と幼児に避難勧告を発出。誤った放射能測定値が伝わったこともあり、約14万人が避難行動をとった。
- 事故後米国の原発新設が事実上停止大統領が事故調査特別委員会を設置。運転員の教育・訓練の誤り、安全設計の不備が指摘された。事故処理費用は約10億ドル。アメリカでは原発の新設が相次いで中止され、原子力政策の大転換点となった。

制御室にはバルブの“開閉指示”は表示されていましたが、バルブが“実際に開いているか閉じているか”を示す計器がありませんでした。指示を出しても実際に動いていない可能性がある設計上の欠陥です。この“安上がり設計”が、事故を決定づけた一因です。
安全情報はなぜ活かされなかったのか
事故の最も深刻な問題は、事前に同種のトラブルが発生していたにもかかわらず、その教訓が共有されなかったことです。
1978年3月には、低出力運転中に加圧器逃がし弁の誤開放が発生し、ECCSが作動する事態がすでに起きていました。これは1979年の大事故と本質的に同じ現象でしたが、原因究明と対策は不十分なまま運転が継続されました。また運転は電力会社の社員ではなく運転専門の下請け会社が行っており、原子炉や熱現象についての十分な知識を持っていなかったとされています。
現代に通じる教訓
スリーマイル島事故は、コスト削減と安全のトレードオフが招く最悪のシナリオを示した事例です。
建設費の圧縮、納期優先の工事、既製品の流用、不十分な運転員教育。どれも個々には“合理的な経営判断”に見えますが、それらが重なったとき、取り返しのつかない事故が起きました。企業活動においてコスト削減は常に求められますが、安全に関わる部分での妥協は致命的な結果をもたらし得るという教訓は、原発に限らずすべての産業に通じるものです。

2024年9月、このスリーマイル島原発1号機がマイクロソフトとの電力供給契約により再稼働に向かうことが発表されました。AI用データセンターの電力需要という新たな文脈で、40年以上前の事故の教訓がどこまで活かされるかが問われています。
まとめ
- B&W社はコスト削減と納期優先で2号機を建設し、試運転段階から多数の故障が発生していたにもかかわらず運転を継続した
- 制御室の計器設計の不備、運転員の教育不足、安全情報の未共有が重なり炉心溶融が発生。約14万人が避難する米史上最悪の原発事故に
- 安全に関わるコスト削減は致命的。事故の教訓は原発に限らず、すべての産業に通じる普遍的な警告
よくある質問
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Qスリーマイル島事故で死者は出ましたか?
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A
事故による直接の死者は公式には報告されていません。周辺住民の被曝線量は平均0.01ミリシーベルト、最大でも1ミリシーベルトとされています。ただし2017年のペンシルベニア州立医療研究大学の調査では、事故後に周辺地域で甲状腺がんの増加が確認されており、低濃度放射線の長期的な健康影響については議論が続いています。
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Qスリーマイル島原発は現在どうなっていますか?
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A
事故を起こした2号機は約10億ドルをかけて除染され、現在は管理下に置かれています。1号機は2019年9月に運転を停止し廃炉作業中でしたが、2024年9月にマイクロソフトとの20年間の電力購入契約が発表され、AI用データセンターへの電力供給のために再稼働する計画が進んでいます。
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Qこの事故は福島原発事故と何が違いますか?
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A
スリーマイル島事故はINESレベル5、福島第一原発事故はレベル7(最高レベル)です。スリーマイル島では炉心溶融は起きましたが格納容器は維持され、大規模な放射性物質の放出は免れました。一方、福島では津波による全電源喪失で複数の炉心が溶融し、水素爆発により大量の放射性物質が放出されました。原因はスリーマイル島が設計不備と人的ミスの複合、福島は自然災害への備え不足という違いがあります。
【出典】参考URL
- スリーマイル島原子力発電所事故 – Wikipedia:事故の全経緯、INESレベル5、除染費用約10億ドル
- 失敗知識データベース:B&W社製原子炉の仕様、試運転中の故障記録、事故の技術的詳細
- よくわかる原子力:建設費5.5倍、22%のコスト削減、既製品流用の問題
- コトバンク:事故の公式定義、冷却材喪失事故の分類


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