三菱リコール隠しとは?23年間の欠陥隠蔽が招いた死亡事故

詐欺事件
三菱リコール隠しとは?23年間の欠陥隠蔽が招いた死亡事故を3行で要約
  • 三菱自動車は1977年から約23年間にわたり、リコールにつながる重要な不具合情報を運輸省に報告せず、「ヤミ改修」で秘密裏に対処していた
  • 2002年に横浜で140kgのタイヤが脱落し母子3人を直撃(母親死亡)、山口でもクラッチ欠陥による暴走死亡事故が発生。三菱は一貫して「整備不良」と主張した
  • 2004年に約74万台の第2次リコール隠しが発覚。元社長が逮捕され、ダイムラーが提携を解消、4748億円の赤字に転落した

2002年1月10日午後3時50分、横浜市瀬谷区の県道を走っていた大型トレーラーの左前輪が突然外れました。重さ140kgのタイヤは下り坂を約50メートル転がり、ベビーカーを押して歩いていた母子3人を直撃。29歳の母親が死亡し、4歳と1歳の兄弟が負傷しています。

三菱自動車は「トレーラーの管理会社の整備不良が原因」と主張しました。しかし後の捜査で、タイヤと車軸をつなぐハブの構造的欠陥が原因だったことが判明します。そしてその欠陥を、三菱自動車は1992年から把握していたのです。

この記事では、三菱リコール隠し事件の全貌を時系列で整理し、なぜ23年もの間欠陥が隠され続けたのか、そして企業の品質隠蔽がどのような結果を招くのかを解説していきます。

第1次リコール隠し(2000年):内部告発で発覚

三菱リコール隠しが最初に発覚したのは2000年7月で、きっかけは匿名の内部告発でした。

運輸省の抜き打ち監査により、三菱自動車が1977年から約23年間にわたって、10車種以上の乗用車約46万台と大型・中型トラック約5万5000台分のリコールにつながる重要な不具合情報を報告していなかったことが判明しました。

三菱自動車は、顧客から寄せられた不具合情報を重要度に応じて細かく分類・管理しており、隠蔽は組織的に行われていたとされています。また、運輸省に報告せずに直接ユーザーのもとで秘密裏に部品を交換するヤミ改修も常態化していました。

この第1次リコール隠しにより当時の河添克彦社長が引責辞任し、三菱自動車と役員に罰金刑が科されています。しかし、この時の調査は過去2年分のみで、1997年以前の欠陥情報は手つかずのまま残されました。

隠蔽が招いた2つの死亡事故

第1次リコール隠しで「すべて出し切った」はずの欠陥情報。しかし実際にはクラッチやハブの欠陥が隠されたまま放置され、2件の死亡事故を引き起こすことになりました。

横浜母子3人死傷事故(2002年1月)

大型トレーラーのハブが金属疲労で破断し、直径約1m・重量140kgのタイヤが脱落。歩道を歩いていた母子3人を直撃し、母親が死亡しました。三菱自動車は「整備不良」と主張しましたが、科学警察研究所の調査でハブの構造的欠陥が原因と判明しています。1992年以降、同型ハブの破損事故は57件発生し、うち51件でタイヤが脱落していました。

山口トラック運転手死亡事故(2002年10月)

冷蔵貨物車のプロペラシャフトが走行中に脱落し、ブレーキ配管を破壊。制動不能に陥った車両が料金所を通過して構造物に激突し、39歳の運転手が死亡しました。当初、山口県警は運転手を道路交通法違反で被疑者死亡のまま送検しましたが、2004年に車両の構造的欠陥が事故原因と認定され、運転手は不起訴処分となっています。

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山口の事故では、構造的欠陥で死亡した運転手が「安全運転義務違反」として送検されるという、二重の被害を受けています。三菱がリコール隠しをしなければ、この運転手は死亡事故で命を失うこともなく、犯罪者として扱われることもなかった。欠陥隠蔽は人命を奪うだけでなく、被害者の名誉まで傷つけるのです。

第2次リコール隠し(2004年)と経営危機

2004年、第1次を大幅に上回る約74万台のリコール隠しが新たに発覚しました。

三菱リコール隠し事件の時系列
  • 1977年〜2000年
    23年間にわたるリコール隠しとヤミ改修
    乗用車約46万台・トラック約5.5万台分の不具合情報を隠蔽。ユーザーのもとで秘密裏に部品交換する「ヤミ改修」を常態化させた。
  • 2000年7月
    第1次リコール隠し発覚(内部告発)
    運輸省の抜き打ち監査でリコール隠しが発覚。河添社長が引責辞任。しかし調査は過去2年分のみで、1997年以前の欠陥は手つかずのまま残された。
  • 2002年1月
    横浜母子3人死傷事故(母親死亡)
    大型トレーラーのハブが破断し140kgのタイヤが母子を直撃。三菱は「整備不良」と主張したが、後に構造的欠陥が原因と判明。
  • 2002年10月
    山口トラック運転手死亡事故
    クラッチ系統の欠陥でプロペラシャフトが脱落し、ブレーキ不能に。運転手は当初「整備不良」として送検されたが、2004年に車両欠陥が原因と認定され不起訴処分に。
  • 2004年3月〜5月
    第2次リコール隠し発覚、約74万台
    三菱ふそうが製造者責任を認めリコールを届出。約74万台の隠蔽が露見。5月に宇佐美前会長ら7人が逮捕、6月に河添元社長も逮捕された。
  • 2004年4月
    ダイムラーが提携解消、経営危機
    筆頭株主のダイムラー・クライスラーが追加支援を中止し提携を解消。販売台数は前年比14%減、当期損失は4748億円に達した。三菱グループ(三菱重工・三菱商事・三菱UFJ銀行)の支援で辛うじて倒産を免れた。

現代に通じる教訓:隠蔽は問題を消さない

三菱リコール隠し事件の最大の教訓は、不具合の隠蔽は問題を先送りするだけで、最終的にはより大きな被害をもたらすということです。

2000年の第1次発覚で体裁を整えただけで根本的な改革をしなかった結果、2002年に死亡事故が発生し、2004年に第2次リコール隠しが発覚して経営危機に陥りました。さらに2016年には軽自動車の燃費データ不正が発覚するなど、企業体質の問題は長く尾を引いています。

消費者としてできることは、所有する車のリコール情報を定期的に確認することです。国土交通省のリコール・不具合情報検索サイトで、車両の型式を入力すればリコール対象かどうかを調べることができます。

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この事件は池井戸潤の小説『空飛ぶタイヤ』のモデルとしても知られています。フィクションと思いたくなるような内容ですが、横浜の母子死傷事故も、山口の運転手死亡事故も、すべて実際に起きた出来事です。企業の欠陥隠蔽は人の命を奪う犯罪行為であるということを、忘れてはいけません。

まとめ

  • 三菱自動車は23年間にわたり欠陥情報を隠蔽し、「ヤミ改修」で対処。2000年の内部告発で第1次リコール隠しが発覚した
  • 隠蔽された欠陥が横浜母子死傷事故と山口トラック運転手死亡事故を引き起こし、2004年に約74万台の第2次リコール隠しが発覚。元社長が逮捕された
  • 所有する車のリコール情報は国土交通省の検索サイトで定期的に確認を。メーカーの隠蔽は完全には防げないが、公表されたリコールへの対応は自分で行える

よくある質問

Q
三菱リコール隠しの関係者はどのような処罰を受けましたか?
A

2004年5月に三菱ふそうの宇佐美前会長ら7人が道路運送車両法違反と業務上過失致死傷容疑で逮捕されました。6月には河添元社長も逮捕されています。裁判では宇佐美ら4名に禁錮2年・執行猶予3年の有罪判決が確定しました。法人としての三菱自動車にも罰金刑が科されています。

Q
三菱自動車は現在も存在していますか?
A

はい、現在も三菱自動車として事業を継続しています。リコール隠し後は三菱グループの支援で経営危機を乗り越え、2016年からは日産自動車の傘下に入っています。社内には「過ちに学ぶ研修室」を設置し、過去の不祥事を風化させない取り組みを行っていますが、2016年にも燃費データ不正が発覚しています。

Q
リコール情報はどこで確認できますか?
A

国土交通省のウェブサイトにある「リコール・不具合情報検索」で、車両の型式や車名を入力してリコール対象かどうかを確認できます。また、各メーカーのウェブサイトでも車台番号を入力してリコール対象車を検索する機能が提供されています。リコールの届出があった場合はメーカーから通知が届きますが、中古車の場合は届かないこともあるため、自分で確認することをお勧めします。

【出典】参考URL

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