- EVトラックメーカー ニコラは走行不可能なトラックを坂道で転がして「自走可能」と偽ったプロモーション動画を公開していた
- 空売り調査会社ヒンデンブルグ・リサーチの告発で嘘が露呈し、創業者トレバー・ミルトンは禁錮4年の実刑判決を受けた
- 上場していた段階で量産可能な製品がゼロという状態であり、テクノロジー企業への過度な期待が生んだバブルの象徴となった
水素で走る大型トラック。排気ガスはゼロ。航続距離は1,200キロ。夢のような技術を掲げた企業の時価総額は、一時ゼネラルモーターズの半分にまで迫りました。
しかし実態は、走行動画は坂道で転がしただけ、水素燃料電池は他社の技術の寄せ集め、量産計画はすべて絵に描いた餅でした。2020年に発覚したニコラ(Nikola)の詐欺事件は、EVブームに乗った「夢」が投資家をどこまで騙せるかを示した事件です。
この記事では、ニコラが何を約束し何が嘘だったのか、ヒンデンブルグ・リサーチの告発はどのように行われたのか、そしてテクノロジースタートアップへの投資で気をつけるべきことを解説します。
ニコラとは?「第二のテスラ」と呼ばれた幻の企業
ニコラ(Nikola Corporation)とは、2015年にトレバー・ミルトンが設立した米国のEV(電気自動車)トラックメーカーで、水素燃料電池搭載の長距離トラックの開発を掲げていました。
社名はテスラと同じ科学者ニコラ・テスラから取っており、「テスラが乗用車なら、ニコラは商用車」というポジションを狙っていました。ミルトンは派手なプレゼンテーションで知られ、まだ製品が完成していない段階で巨額の受注を発表し、投資家の期待を煽り続けました。
2020年6月にはSPAC(特別買収目的会社)との合併を通じてナスダックに上場。上場直後の時価総額は約340億ドルに達し、フォード・モーターを一時的に上回るという異常事態となりました。製品の量産はおろか、プロトタイプすらまともに走れない状態の企業が、です。
坂道で転がしただけ:嘘のプロモーション動画
ニコラの詐欺で最も象徴的なのは、2018年に公開されたトラック「ニコラ・ワン」のプロモーション動画が、実際には自走していなかったという事実です。
動画の真実
ニコラは2018年に「ニコラ・ワン in Motion」と題した動画を公開し、大型水素トラックが道路を走行する映像を披露しました。この動画は投資家やメディアに「ニコラの技術は完成している」という印象を与え、大きな話題となりました。
しかし実態は全く異なりました。ヒンデンブルグの調査によると、このトラックは坂道の頂上まで牽引車で引き上げられ、そこから下り坂を重力で転がっていただけでした。カメラアングルを工夫して傾斜がわからないようにし、あたかも平坦な道を自力で走っているかのように撮影していたのです。
その他の虚偽
ヒンデンブルグのレポートは走行動画以外にも、数多くの虚偽を指摘しています。
たとえば、ニコラは「独自開発のインバーター」を搭載していると主張していましたが、実際にはサプライヤーから購入した部品に自社ロゴのシールを貼りつけただけだったとされています。水素関連技術についても、独自開発をアピールしていましたが、多くが他社の技術に依存していたことが明らかになりました。
ヒンデンブルグの告発:67ページの爆弾レポート
ニコラの嘘を暴いたのは、空売り調査会社のヒンデンブルグ・リサーチで、2020年9月に67ページに及ぶ調査レポートを公開しました。
レポートのタイトルは「Nikola: How to Parlay an Ocean of Lies into a Partnership with the Largest Auto OEM in America(嘘の海をアメリカ最大の自動車メーカーとの提携に変える方法)」。ヒンデンブルグは元従業員やサプライヤーへの取材、特許分析、動画の技術検証など、多角的な調査を行いました。
レポートの公開直後、ニコラの株価は急落しました。トレバー・ミルトンは「虚偽の指摘だ」と反論しましたが、その2日後に会長を辞任。ゼネラルモーターズとの提携交渉にも暗雲が立ち込め、最終的に提携条件は大幅に縮小されました。

ヒンデンブルグは自身が空売りポジションを持っているから利益のために告発する、と批判されます。でもラッキンコーヒーのマディ・ウォーターズもそうでしたが、規制当局が見逃した不正を暴くのは、結局こういう民間の調査機関なんですよね。
事件の全貌:夢の上場から有罪判決まで
ニコラ事件は、EVバブルの中で「夢」を売ることが許される異常な市場環境がなければ起きなかった事件です。
- 2015年ニコラ設立トレバー・ミルトンが水素燃料電池トラックの開発を掲げてニコラを設立。「第二のテスラ」としてEV業界で注目を集め始める。
- 2018年走行動画を公開「ニコラ・ワン in Motion」を公開。後に坂道で転がしただけと判明する走行動画が、投資家の期待を大きく煽る。
- 2020年6月SPACを通じてナスダック上場SPACとの合併により上場。時価総額は一時340億ドルに達する。量産製品ゼロの状態で自動車メーカー大手を時価総額で上回る異常事態。
- 2020年9月ヒンデンブルグが告発レポート公開67ページのレポートで走行動画の嘘、技術の虚偽を暴露。ミルトンは否定するも2日後に会長辞任。株価は急落。
- 2022年10月ミルトンに有罪評決ニューヨーク連邦裁判所がミルトンに証券詐欺・電信詐欺の有罪評決。投資家を欺き株価を操作した罪が認められる。
- 2023年12月禁錮4年の実刑判決ミルトンに禁錮4年の実刑判決。その後2025年にトランプ大統領による恩赦を受けたと報じられる。ニコラ社は2025年に破産申請。
現代への教訓:SPACとEVバブルの危険性
ニコラ事件が突きつけた最大の教訓は、SPACによる上場はIPOに比べてチェック機能が弱く、製品が存在しない段階の企業に巨額の時価総額を与えてしまう危険性があるということです。
通常のIPOでは、証券引受会社による厳格な審査(デューデリジェンス)が行われ、財務状況や事業の実態が詳しく検証されます。しかしSPACではこのプロセスが緩く、「これから作る予定の製品」の将来の売上予測を根拠に上場することが可能でした。
投資家として注意すべし重要なポイントは以下の3つです。
第一に、「できた」と「できる予定」の違いを厳密に区別すること。ニコラは「走れるトラック」ではなく「走れる予定のトラック」を宣伝していたに過ぎません。
第二に、創業者のカリスマ性と製品の完成度は無関係であること。ミルトンのプレゼン力は極めて高かったですが、それと技術の有無は全く別の話です。
第三に、SPACで上場した企業は特に慎重に見ること。SPAC上場の企業は従来のIPO企業と比較して開示義務が緩い場合があります。
まとめ
- ニコラは走行不可能なトラックの偽動画を公開し、水素技術を偽って投資家を欺き、時価総額340億ドルを達成した
- ヒンデンブルグの告発レポートで嘘が露呈し、創業者ミルトンは禁錮4年の実刑判決。ニコラ社は2025年に破産申請に至った
- テクノロジースタートアップへの投資では「予定」と「実績」を厳密に区別し、SPAC上場企業には特に慎重な検証が必要だ
よくある質問
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QSPACとは何ですか?
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A
SPAC(Special Purpose Acquisition Company、特別買収目的会社)とは、事業を持たない「白紙小切手会社」がまず上場し、その後に買収対象企業と合併することで、対象企業を実質的に上場させる仕組みです。従来のIPOより手続きが速く、将来の業績予測を提示できるメリットがありますが、審査が緩いという批判もあります。
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Qニコラは実際にトラックを製造できたのですか?
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A
ミルトン退任後、ニコラは実際にバッテリー式EVトラック「Nikola Tre」の少数生産を開始しました。ただし販売台数は限定的で、水素燃料電池トラックの本格量産には至りませんでした。最終的に2025年に破産申請をしています。
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Qヒンデンブルグ・リサーチは他にどんな企業を告発していますか?
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A
ヒンデンブルグはニコラのほか、インドのアダニ・グループ(株価操作疑惑)、Lordstown Motors(EV注文の虚偽)、Clover Health(保険業務の虚偽)など、多数の企業を告発しています。2025年1月の解散まで、空売り調査の代表的存在でした。
【出典】参考URL
- Hindenburg Research – Nikola Report:ヒンデンブルグの調査レポート全文
- Nikola Corporation – Wikipedia:設立経緯、SPAC上場、詐欺事件の詳細
- SEC(米証券取引委員会):ミルトンの起訴・和解に関する公式記録


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